スタッフ

スタッフ紹介

製作

田中秀夫・中田新一

エグゼクティブプロデューサー

中村行宏

企画・原案

中田新一

脚本

関桂子・原田哲平

プロデュ―サー

鯉渕優・笠倉隆

アソシエイトプロデュ―サー

三砂博

撮影監督

奥原一男

照明

田部 誠

録音

沼田 和夫

音楽

宮本貴奈

音楽プロデュ―サー

工藤幸雄

キャスティング

小林嗣男

美術

松本知恵

装飾

原島徳寿

編集

大畑英亮

整音

畠山宗之

音響効果

松浦大樹

助監督

岡本博文

制作担当

宮川健治

監督

中田新一

スタッフメッセージ

脚本 関 桂子

中田監督から声をかけて頂いたのは2011年の夏頃でした。『横浜のマーチング・バンドと福島の震災・原発の話を1本の映画に』という企画に賛同したのはもちろんでしたが、この映画作りにとにかく参加したいと強く思ったのは「この(原発)問題に対してクリエイターが無頓着であってはならない」という監督の言葉でした。
当初の予定では震災直後という設定でしたが、製作資金の困難もあって撮影が延期になった経緯がありました。それに伴い(脚本の遅さもありまして…)、震災後の街や人々の状況も日々変化していきます。追加取材をしながら監督とキャッチ・ボールを繰り返し、物語も変わっていきました。
この映画に協力してくださったヨコハマ・ロビンズさんはとても魅力的なチームです。マーチングの素晴らしさはもちろんのこと、日々ひたすら練習を続ける姿は活き活きと、皆さん本当に良い顔をしていて、眩しく、羨ましく…「ああ、今ここには青春がある」と。このひたむきな若者像を映画で伝えたいと思いました。
一方でもうひとつの舞台となった福島の漁港―。監督と初めて訪れたのは10月。まだ震災の傷跡が生々しかった頃です。あちこちに見られる黒い巨大な袋は、今も山積みのままですし、係留されたままの漁船の姿も目立ちます。取材に応じてくださった漁師さんの目は忘れられません。
こうしてふたつの港町のイメージを膨らませるに連れて、音楽の場面やドラマを動かす登場人物がどんどん増えていってしまいました。それらを“ひとつのマーチング”にしていくのはしんどくも面白い、脚本の仕事を初めて頂いた私には貴重な経験でした。撮影が実現できたことは本当に大きな喜びです。
これから観てくださるお客様に、どうか本映画を楽しんで頂けますように。

撮影監督 奥原 一男

すみません。
…と、いきなり謝ってますが、こんなに素晴らしいマーチングバンドが横浜にあることを、僕はこの作品に関わるまで知りませんでした(泣)
なんともお恥ずかしい限りです。
この映画の準備期間中、まだ残暑が厳しい季節、空調が効かない暑い体育館で汗まみれになって練習をしているバンドの皆さんを見たときは、正直驚きの連続でした!
百数十人のメンバーの統率された動きと、その激しい動きをもとろもせず完璧なまでの演奏をされる様相は、一瞬我が目を疑う…というか、実はプレイバックしてたりなんかして、などと、とんでもなく失礼なことを考えてしまったりして(笑)
プレイバックとは、映画の用語では「プレイバック撮影」を指しますが、事前に演奏し録音した音源を、撮影時に流し、その音楽に合わせて楽器の演奏や、あるいは歌を唄っているのを撮影していく方法です。
実はこれが、現場ではかなり大変!
マーチングの映画だけに、プレイバック撮影の連続でした。
一時は、どうなることやら…などとちょっと悲観的にもなったりしましたが、スタッフのみんなの頑張りで!!無事、スケジュール通りに撮り終えることができました。
キャストの方々も必死に練習してくださり、本当に感謝しています。